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【東北旅行3日目4】陸前高田3 陸前高田ユースホステルとベルトコンベアー [2016年夏 東北]

こちらの記事は2016年9月の旅行記になります。 現在の状況と異なることがあるかと思います。

陸前高田ユースホステルです。
IMG_1338.JPG
こちらも震災遺構です。
すでに長期休館中だったため人的被害はなかったようです。
1本松はこの建物のお蔭で津波の威力が弱まり
助かったと言われています。
P1400918.JPG

学生時代、YHに泊まって旅をするのが好きでした。
YHをみると若かったころを思い出します。
そんな建物が津波の被害にあってしまったのは
心が痛みます。


トラックが次から次へと走って行きます。
P1400863.JPG

先にはベルトコンベアーと解体の文字のある看板
P1400872.JPG

本当に恥ずかしい話だけど、このベルトコンベアーが
何に使われなぜ解体されるのかも知らなかった。
そんな私達に工事現場の人が、教えてくれた。
山から削りだした岩と土をベルトコンベアーで
運んでいた。
今は、運ばれた岩と土を各所にトラックで運び、
ベルトコンベアーでの仕事は終わり解体しているところとのこと。

この時でも長いと思うけどこれはすでに解体されているので
当時はこの数倍の長さだったという。
P1400912.JPG

頭の中をいろいろなことが駆け巡り
半ば放心状態で歩いていたような気がします。
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【東北旅行3日目3】陸前高田2 奇跡の1本松 [2016年夏 東北]

こちらの記事は2016年9月の旅行記になります。 現在の状況と異なることがあるかと思います。

一本松茶屋に到着しました。
こちらの駐車場をお借りして震災遺構を回ろうと思います。
トイレもこちらでお借りしたので、帰りにちょっとお買い物。
駐車場の自動販売機にも奇跡の一本松の絵が描かれていました。
IMG_1319.JPG

大船渡線のBRT「奇跡の一本松駅」
BRTとはバス・ラピッド・トランジットの略。
バス停のようにみえますが、鉄道事業者の設置した駅という扱いになります。
http://www.jreast.co.jp/railway/train/brt/
IMG_1325.JPG

『奇跡の一本松』です
高田松原は約350年前から植林が行われ約7万本の松の木が茂っていました。
市民の憩いの場所として、夏には海水浴でにぎわう場所でした。
あの日までは・・・
P1400918.JPG

平成23年3月11日、陸前高田市を地震と大津波が襲い、たった1本の松が残りました。
それがこの『奇跡の一本松』
震災からの復興への希望を象徴するものでしたが、
平成24年5月に枯死が確認されました。

この木の保存を巡って賛否両論の意見がありました。
正直、その当時私は多額の費用を使うなら、被災者の方の生活費など
復興のために使ったほうが良いのではと思っていました。

でも、この姿を見たときに復興には金銭的な援助ももちろん必要だけど
心を支えてくれるものも必要なのではと思いました。
この木を見てここにあるべきだと私は感じました。
IMG_1331.JPG

やなせたかし氏モザイクタイル
P1400890.JPG
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【東北旅行3日目2】陸前高田1 復興工事トラックと陸前高田市立気仙中学校 [2016年夏 東北]

こちらの記事は2016年9月の旅行記になります。 現在の状況と異なることがあるかと思います。

車から外を眺めます。
プレハブ住宅が建っています。
通過しただけなのではっきりわかりませんが、
ここは被災された方の住宅ではなく
工事をしている方の宿泊施設なのでしょうか?
IMG_1310.JPG
復興はなかなか進みませんが、ここで働いている方も多くいるのです。

途中は夏の終わりののどかな風景も見られます。
IMG_1311.JPG

こちらのプレハブの薬屋さんはまだ新しいので
被災後に建てられたのでは、と思います。
IMG_1312.JPG

車を走らせていくとトラックの前に「被災市街地復興整備事業」の
旗を付けたトラックが目立つようになってきました。
IMG_1309.JPG

何往復もするトラックによって高台が作られています。
いずれここが住宅地になるのだと思います。
IMG_1314.JPG

陸前高田市立気仙中学校の校舎が見えます。
当時の校長先生は
津波を経験したことのある地元の人の言葉にしたがい
指定されていた駐車場や屋上ではなく
高台に避難したために生徒・教職員とも全員無事に避難できたそうです。
IMG_1315.JPG
IMG_1317.JPG

その当時中学生ということは娘と同じ年。
そんな若い人たちが、当時どんな思いでいたかを思うと
胸が痛みます。
「僕らは生きる ここで このふるさとで」
P1400847.JPG
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